春の七草は「食べられる」ものですが、秋の七草は「眺めて楽しむ」もの。

画像は、スペースの都合で並べています。
この七つを歌に詠んだのが、『万葉集』の山上憶良です。
秋の野に 咲きたる花を 指折り かき数ふれば 七種の花
萩の花 尾花葛花 なでしこの花 をみなへし(女郎花) また藤袴 朝貌(あさがお)の花
歌の順は、萩、尾花(ススキ)、葛、撫子、女郎花、藤袴、朝貌です。ここでの「朝貌」は、桔梗のことだといわれています。
憶良という人
憶良は、寒さや飢えに苦しむ人々の暮らしを見つめ続けた人。そんな人が、野に出て、咲いている花を指折り数えている。それだけの歌なのに、なんだか心がふっと軽くなります。
私の受け取り方
憶良が何を思って詠んだのか、本当のところはわかりません。でも私は、こんな風に考えてしまいます。
暮らしは、豊かとは言えないときがあります。それでも野に出てみれば、美しい花が咲いていて、ただで、誰にでも、指折り数えて楽しめる。
しんどいときこそ、目線をいったん足もとの野に移してみる。
昔の人も、今の私たちと同じように、野に出て、花を見つけては心を動かしていたのかもしれません。
秋の七草を知り、それが『万葉集』に収められていると知る。
山上憶良も貧窮問答歌も、これまでは歴史の勉強で出会うだけの名前でした。
でも、こうして一首の歌から出会い直してみると、
千年以上前の人の声が、ふっと現代の私たちにも届いてくるように思います。
このように感じることで、古典が決して遠いものではないと
思いたいのかもしれません。
おわりに
十五夜のお月見はいかがでしたか。
秋の夜長、空を見上げたついでに、道ばたでススキの穂が風に揺れていたら、
それはもう立派な「秋の発見」なのかなと思います。
いえ、もしかしたら、月を綺麗と思うだけで、「秋の発見」であり、
遥か千年以上前の人と繋がり合えるのかもしれません。
SFのようですね。
つばめ学習塾では、教科の勉強だけでなく、
日本のこんな季節感を大切にしたいと考えています。

